<日記>20120604 katan レビュー

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ADVGAMER

<日記>20120604

最近ではかなり浸透したと思われる「ガラパゴス携帯」という言葉。
海外の携帯事情は知らなかったものですから、
この言葉を初めて聞いたときにはピンとこなかったんですけどね。
今なら、なるほどなと思ってしまいます。

まぁでもガラパゴス化、
狭い範囲である面だけ独自に進化しているという意味では、
今のアダルトゲーム市場及びユーザーも同じなのではないでしょうか。

私は一般モノからアダルトモノまでADVは幅広くプレイするタイプですが、
皆が皆そうとも限らないわけでして。
昔も今もアダルトモノってだけで毛嫌いする人もいますし、
ろくに知らないでエロしかないと思い込んでいる人もいます。
(肝心のアダルトゲーマーですら、
自分が始める前のはろくなものがないと思い込んでる人がいますし。)
そういう人に対しては中にはストーリーの良いものとか、
ゲームとして面白いものもあるんだよと言いたくなります。

しかし当然その逆もあるわけで、
アダルトゲームしか知らないでそれが全てと思い込んでいる人もいます。
国内におけるADVの大半がアダルトゲームであることから、
割合的にはこっちの方が圧倒的に多いでしょう。

アダルトゲームの大半はノベルゲームなのですが、
ある側面に関しては年々進化していっています。
例えば画質の良さがそうですね。
しかしどうにもその進化の方向が偏りすぎて、
市場もユーザーも狭い方向狭い方向に進んでいっています。

ところで、ノベルゲームの対極に近いADVとして、
世界中でヒットし注目されているブランド及びADVがあります。
先日『Botanicula』という最新作を発売させたチェコのAmanita Designは、
2009年に『Machinarium』を発売し世界中で高い評価を得ました。
これによりインディーズゲーム市場の可能性を世に知らしめたのですが、
『Machinarium』以前に『Samorost』というフラッシュゲームを作っており、
その時点で既に高い評価を得ていました。
Samorostはフリーのフラッシュゲームでしたので、
このときはまだ一部での高評価止まりだったわけですね。
それが『Machinarium』で製品となり、知名度を更に高めていったわけです。

これらの一連のゲームはポイント&クリック(P&C)式のADVで、
P&C式自体は海外のADVで主流のジャンルともいえます。
もっともP&C式のADVも、長い年月の間に多様に進化しています。
PCの大作ではインベントリーを用いたアイテム収集・組み合わせのほかに、
MYST系的な複雑な謎解きであるとか、ノベルゲーム的な選択肢の選択など、
さまざまなADVの良い点を吸収し発展してきているのです。

それら先端の大作系に比べると、
画面をクリックするだけのSamorost系は非常にシンプルです。
しかしシンプルな作りではあるのだけど、
シンプルであるが故に、画面をあちこちクリックする楽しみ、
或いはクリックしたときの画面の反応など、
ADVの最も本質的な楽しみをしっかり味わうことができるのです。
つまりシンプルで分かりやすいから誰でも入りっていきやすく、
それでいて本質的な楽しさはしっかり味わえるというのが、
ヒットの1つの要因なのでしょう。

もちろん他にもヒットの要因はあるわけで、
特に世界観の独自性・秀逸さは支持された要因の最たるものなのでしょう。
加えて「世界中で」ヒットした要因として、
「言葉」を必要としないことが挙げられると思います。
Samorost系は絵と音とそれらを組み合わせた動きだけで進行します。
説明やヒントが欲しいところも、絵や動きで表現してくれます。
言葉を用いないから国や言語の壁も存在せず、
世界中で誰でも楽しめるのです。
海外のADVに面白いものがあるよと言っても、
言葉の壁があると安易には薦められません。
しかしこの路線なら誰でも楽しめるわけですから、
日本語版も何も関係なく薦めることができるのです。

これらSamorost系にあって今のアダルトゲームにないもの、
或いは見習うべき点は幾つかあります。
まずはP&C式等のジャンル自体ですね。
(P&C式を挙げたのはほんの一例でしかないので、
同級生系だって何だって構いません。
ようはノベル以外のADV形式ですね。)
この手のジャンルはアダルトゲームの新作にはほとんどないので、
必然的に古い作品ばかりになります。
そしてこれらは古いシステムで時代に合わないから、
ノベルに変えろという頓珍漢な意見もたまに見かけます。
でもね、それは時代に合わないのではなく、
お前に合わないだけだろと言いたいわけでして。
ゲームジャンルを変えてしまっては、
そのゲームの持つ本質的な魅力まで失われてしまうおそれがあります。

一般ゲームで1つ例を出しますと、
80年代に『道化師殺人事件』という推理ADVがありました。
このゲームはコマンド入力式のADVだったのですが、
コマンド入力式は理論上はあらゆる言葉を入力できたものの、
大抵は限られた言葉にしかゲーム側が対応していませんでした。
対応していない言葉を入力しても反応がありませんし、
反応があまりないと楽しめなくなってしまいます。
だからこの当時は対応する言葉が多いってことも、
名作たる所以と言えたわけです。
そして『道化師殺人事件』はこの部分が特に優れた作品で、
何か文字を打てば何かしら反応してくれたのです。
だから名作足りえたんですね。
でも、リメイク版ではコマンド選択式になってしまいました。
選択式になるとあらかじめ用意されたコマンドから選ぶだけなので、
何を入力しても何かしら反応があるという一番の利点は失われます。

ジャンルを変えれば良いってものではないのです。
P&C式にしても、良い作品ほどクリックできる箇所や、
クリックした時の反応などが多彩で豊富です。
ここをクリックしたらどうなるのだろう?
もう一回クリックしたらまた違った変化があるのだろうか?
ノベルにしてしまっては、こういう面白さが失われてしまいます。
ノベルしか知らない人はストーリーの先ばかり気になって、
こういう遊び心を解してくれません。
また先に先にとあせるから、大事な部分も見落としがちだったりします。
まぁ自分に合わなければスルーすれば良いし、
住み分けができれば構わないとも思えるのですが、
ゼロ年代以降のアダルトゲーマーには悪い習性があって、
自分に合わないものを徹底して排除しようとするんですよね。
邪魔なシステムは要らない、邪魔な属性(寝取られ等)も要らないって。
誰得だの洗練だのと言って、
多数派に合う部分だけ残しそうでない部分は削って住み分けを許さないのです。
それで10年かけて出来上がったのが、今の市場ってわけです。
その10年の過程で見限った人は、当然離れていきます。
ノベル以外のジャンルは時代に合わないのではなく、
単に今のアダルトゲーマーの主流に合わないだけで、
世界中でも国内の一般層にだってまだ需要はあります。
今のアダルトゲーム市場はノベルしか興味のない人だけが残り、
それ以外は去ったというだけです。
で、去った人はこういうSamorost系をやったりするわけですね。
2003年からアダルトゲームの売上は減っていきますが、
タイトル数が最大でPCの普及率も高くなったのに売上が減ったのは、
それだけ見限った人が多かったから。
もし違うジャンルが増えていけばノベル好きには嬉しくないのでしょうが、
見限った層が戻ってくることもあるでしょう。
そんなの誰が買うんだよって言うけれど、
お前が買わないだけで俺が買うよということで、
異なる可能性・方向性があるということを理解して欲しいんですよね。

まぁオールドゲーマーがあれこれ言っても、
先入観で懐古だの感性が死んで昔を懐かしんでいるだけと言われがちです。
こういうブログをやってるといろんな人がくるもので、
中には明らかに懐古としか思えない方もおられるんですけどね。
(例えば90年代半ばのRPGやSRPGは中世ヨーロッパ風ばかりで、
それをファンタジーと思い込むことに私は否定的なのですが、
それに反発してくる方とか。)
でもそういうケースは別として、
基本的にこっちはもっといろいろやれよ、変化しろよって言ってるのに、
それは売れないだの誰得だの言って変化を拒むのは、
えてして若い人なんですよ。
ゆとり世代って、どうしてあんなに保守的なんだろ。
(もちろんそれは一般論であって、
ここを訪れるような方はそうでないと思っていますけれど)
感性が死んだとの問題についても、
面白さが分からないって言うのなら、
新しいものを解する感性が死んだといわれても仕方ないのでしょう。
でも、そうじゃないもんな…
何か他所で散々見たようなのを絶賛されると、
感性がどうのとは違うように思うのですよ。
変化を拒む人や違うものを理解できない人こそ、
感性が死んでるんでしょうにね。

少しずれてしまいましたが、見習うべき点は他にもあるわけでして。
上記のように、Samorost系は絵と音と動きが全てです。
テキストはないのですが、そこに物語は成立しています。
テキストが全てではないんですよね。
もっと画面上の動きに委ねたって良いじゃないですか。
優れた絵や音があって、それに動きが伴っていたら、
地の文なんてほとんど皆無でも大丈夫なはずです。
地の文の上手さは小説家には大事な欠かせない要素ですが、
ゲームライターにはむしろ不要なんですよ。
ゼロ年代以降に上手いとされるライターほど、
うだうだ書きたがるケースも多かったりしますが、
そういうのほどゲームとしての媒体を活かせていないように思います。
画質が良くなったとかエフェクトが派手になったとかだけでなく、
テキストとの関連性を考慮した上での全体での絵の用い方を、
もっと大事にしてもらいたいなと思いますね。

とりあえず今言えることは、
アダルトゲーマーでSamorost、
或いはそれに類する作品を知らない人にはぜひやってみてもらいたいです。
これなら無料ですからね。
そしてやってみて合う人は『Machinarium』等の有料作品に進めば良いし、
合わなくても懐は痛みませんし、
こういうものがあるんだと理解だけはしてもらいたいなと思います。
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興味深く読ませていただきました。

これは、アダルトゲームだけでなく、コンシューマーゲームにも多くあてはまる部分があると思います。
新システムがどうといいながら、ゲームの根幹部分は既視感ありありだったり。
知らないゲームタイトルが面白いと言われても、それの面白さを確かめもせずに、知らないの一言であしらってしまう。

よく、回顧厨がなんだいわれてますが、それは、独特なシステムを駆使してゲームを作った製作者が、もうゲーム製作から撤退してした、という背景があるかもしれません。

年々新しいと思えるものが無くなってきて、一瞬だけもう出尽くしたのかと思うこともありますが、ドイツのボードゲームとかを見るとアイデアってまだまだあるんだよなって思ったり。
作り手もユーザーも硬直化してるよなって思ってしまいますね。

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